1.はじめに
少子高齢化が進む我が国において、中小企業では人手不足が深刻な問題となっています。人手不足を解消するために様々な会社制度を創設し、会社内外の優秀な人材をより多く雇用していくことが重要となる中で、「 退職給付制度 」が多くの労働者にとって魅力となるという事実は無視できません。
今回は、この「退職給付制度」についてご紹介していきます。
2.制度の概要
(1) 退職給付制度とは
退職給付制度とは、一定の期間にわたり労働をしたこと等の事由に基づき、 退職した従業員に対して一定の金額を支給する制度 をいいます。法律等で設置が義務付けられているわけではなく、各企業の 任意で設置 されます。
退職金を会社の内部に積み立て、従業員の退職時に一時にその積立額を支給する「 退職一時金制度 」と、外部に掛金を拠出することで積み立て、従業員の退職後数年にわたり年金を支給する「 退職年金制度 」があり、前者の場合は自社で積立金額の計算をする必要が生じます。いずれかの制度のみの採用、あるいは両制度の併用など、その運用形態は企業によって異なります。
(2) 導入企業の割合と推移
「厚生労働省では退職給付制度を導入している企業の統計を取っており、平成元年から平成25年までの5年ごとの推移は以下のようになっております。
(単位:%)
平成 | 全企業のうち 退職給付制度がある企業(A) |
(A)のうち、 退職一時金制度のみ採用 |
(A)のうち、 退職年金制度 のみ採用 |
(A)のうち、 両制度を併用 |
---|---|---|---|---|
元年 | 88.9 | (49.3) | (11.3) | (39.3) |
5年 | 92.0 | (47.0) | (18.6) | (34.5) |
10年 | 88.9 | (47.5) | (20.3) | (32.2) |
15年 | 86.7 | (46.5) | (19.6) | (33.9) |
20年 | 85.3 | (53.1) | (13.2) | (33.7) |
25年 | 75.5 | (65.8) | (11.6) | (22.6) |
※調査対象は、元年から20年については「本社の常用労働者が30人以上の民営企業」、25年については「常用労働者が30人以上の民営企業」となっています。
平成5年以降、退職給付制度を導入している企業は年々減少しており、20年から25年にかけては大幅に減少していることがわかります。減少の要因として一番考えやすいのは退職給付制度を廃止したケースです。実際、不況のあおりを受けて退職給付制度を廃止せざるを得なくなるケースも存在します。
労働者にとってより魅力的な制度を備えることも大切ですが、それ以上に 制度を運用し続けられるか という点を考慮することが重要となります。制度の長期的な運用のためには、メリットとデメリットを比較し検討することが大切です。
以下では、退職給付制度導入に伴う、主なメリットとデメリットを取り上げます。
(3)主なメリット
退職給付制度の導入による主なメリットとしては① 優秀な人材を集めやすくなる 、② 従業員のモチベーションを上げる 、③ 従業員の定着率が上がる という点が挙げられます。
いずれについても企業の業績や財政状態に直結するものではなく、あくまで 人材戦略的な意味が強い ため、導入による効果はすぐには見られないかもしれません。しかし、限られた人材の能力を十分に引き出すということは、長期的な会社運営のためには欠かせない要素であり、制度を有効に活用すれば人的な部分で大きな力となるといえるでしょう。
①優秀な人材を集めやすくなる
上記の通り、退職給付制度を採用している会社は少なくなりつつあります。その中で退職給付制度を導入しているとなれば、他の企業との差別化を図ることができ、求人の際には優秀な人材の目に留まりやすくなります。
②従業員のモチベーションを上げる
既存の企業が新たに退職給付制度を設ける場合、制度導入の周知を従業員に徹底することにより、従業員の労働意欲を高めることができます。ただし、従業員の退職金に対する意識が「あってしかるべきもの」というようなものの場合は思うような効果が得られないため、退職一時金制度を導入する場合には一部成績に関連して支給額を変えるなどの仕組みを設けるなどの工夫が求められます。
③従業員の定着率が上がる
基本的に退職金の支給額は勤続年数に比例するように計算されます。この基本的な計算方法を従業員に周知すれば、それだけ長く働こうという意識が根付くこととなります。優秀な人材を長くキープすること、求人に係る費用を抑えることができることなどから、この点も重要な要素のひとつといえるでしょう。
(4)主なデメリット
退職給付制度の導入による主なデメリットとしては①(退職一時金制度の場合) 従業員に対して支払い義務を負う 、②(退職年金制度の場合) 定期的なキャッシュの流出を伴う 、③ 制度を廃止することが困難である という点が挙げられます。
一時金、年金のいずれにせよ確実にキャッシュの流出を伴うため、導入しない場合に比べ会社の財政が圧迫されるリスクが増えるという点には注意が必要です。
①従業員に対して支払い義務を負う
退職一時金制度を採用する場合は、当然のことながら制度の導入時点から企業に従業員に対して支払義務が生じます。一時金を支給する際には従業員の 退職時には多額のキャッシュが必要となる うえに、その負債額の算出が複雑であるため事務的な手間も生じます。
②定期的なキャッシュの流出を伴う
退職年金制度を採用する場合には、退職給付の委託機関等に対する拠出が必要となります。従業員に対する支給は委託機関から行われるものの、従業員の数によっては定期的な拠出が資金繰りに大きな影響を与えかねません。
③制度の廃止が困難
一度退職給付制度を導入すると、その廃止をすることは困難となります。廃止をする際には 従業員や労働組合の同意を得る 必要があります。財政難など正当な理由がある場合において従業員等の同意が得られない場合には、就業規則の変更により廃止をすることは可能です。ただし、退職給付制度を廃止しなければ経営が立ち行かないほどの状況でない限り、この手段をとることはできません。
3.退職給付制度に関わる税制等
付帯的な要素として、退職金制度と税金等の関係についても簡単にご紹介いたします。
(1)法人税の課税関係
退職一時金制度を採用する場合退職した従業員に対して退職金の支給をしたタイミングでその全額が損金の額に算入されます。
一方、退職年金制度を採用する場合、委託機関等への拠出金は損金の額に算入されることとなります。
(2) 社会保険料
退職給付には、 社会保険料はかかりません 。そのため、従業員の同意が得られれば、退職給付制度を導入した分、毎月の給与を減額することで社会保険料の負担を軽減することが可能です。
(3) 退職者側の課税関係
退職金には所得税が課税されます。退職所得の金額は、退職金の額面金額から一定の計算方法により算出した退職所得控除額を控除した額に1/2を乗じて計算します。この退職所得控除額は勤続年数に比例して大きくなり、さらに勤続年数が20年を超えると20年以降の期間に対応する控除額がさらに大きくなるなど、 長く働いた納税者にとって有利 な税制が定められています。
また、退職所得は分離課税であるため、他の所得と合算されることもなく、退職金の支払時の源泉とその納付により納税が完結します。
4.おわりに
今回は、退職給付制度の概要についてご紹介させて頂きました。制度の導入を検討する際には、導入に係るコストとメリット・デメリットを考慮し、慎重に判断を行う必要があるでしょう。
中小企業の場合、社内積立を行うことは事務作業の観点、資金繰りの観点から困難なケースが多く、外部にその運用を委託するケースは少なくありません。次回は、中小企業が加入することのできる、「 中小企業退職金共済制度 」についてご紹介いたします。