1.はじめに
2019年に公表された「時価の算定に関する会計基準(以下、「時価算定基準」)」が2021年4月1日以降開始する事業年度から強制適用となりました。この基準はIFRS13号をベースに作成されているため、一見わかりづらい表現や用語もあるかと思います。そこで今回は従来の時価会計との違いを確認しながら、基本的な用語や考え方のポイントをおさえたいと思います。
2.導入の背景
日本は長らく取得原価主義を会計処理の原則としてきました。支払額により確定された取得原価の方が、客観性が高いことなどを理由にいわゆる時価よりも重要視されていたのです。
しかし、取得原価はあくまで過去の一時点の価値であり現在の価値を示していないため、現時点での企業の体力をみるのにふさわしいとはいえません。そこで国際的には現在の価値である時価で会計処理や開示を行う流れとなっています。日本でも段階的に時価会計の導入は進んできましたが、その時価をどのように算定するのかという具体的な規定はありませんでした。
時価による開示を行うとしても、算定方法が違えばその解は異なります。そこで国際比較性を確保するためにも、時価の算定方法が定められたIFRS13号にならった時価算定基準が日本にも導入されたのです。
つまり、時価算定基準は何を時価で処理するか、ではなく、どのように時価を算定するかを定めた基準であるということが大きなポイントになります。
3.“時価”の定義
時価算定基準の導入により、”時価“という言葉の再定義がなされました。
これまでは「金融商品に関する会計基準」において、時価とは「公正な評価額をいい、市場において形成される取引価格、気配又は指標その他の相場に基づく価額をいう。市場価格がない場合には合理的に算定された価額を公正な評価額とする」と定義されていました。
一方、時価算定基準においては「算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格をいう」と表現されています。
両者を比較すると、市場での取引価格に基づくという点は同様ですが、時価算定基準は対象資産・負債を手放す場合のキャッシュ・インまたはキャッシュ・アウトにより算定するとしている点が異なります。
また、時価に類似した用語として「公正価値(=Fair Value)」という言葉があります。これはIFRSや米国会計基準で使われている用語であり、時価算定基準のベースとなっているIFRS13号も「公正価値測定(Fair Value Measurement)」となっています。
時価算定基準で公正価値という言葉を用いなかったのは、日本の関連諸法規で時価という言葉が広く使用されていることに配慮したものであり、時価算定基準を考えるにあたって、「時価」と「公正価値」という用語の間に大きな差異はないとされています。
4.適用範囲
次に時価算定基準の適用対象を確認していきたいと思います。
対象となるのは大きく2つです。1つ目は「金融商品に関する会計基準」で定められている金融商品、2つ目は「棚卸資産の評価に関する会計基準」においてトレーディング目的で保有する棚卸資産とされるものです。
適用対象となっているもののうち、注意が必要なのは「時価を把握することが極めて困難」とされていた金融商品です。
従来の日本基準では「時価の把握が極めて困難」なケースが想定されていましたが、時価算定基準ではなんらかの仮定をおくことで時価は把握できる、という立場をとっています。次項以降で詳細は説明しますが、時価算定基準ではたとえ一般的な市場価格が無い場合でも、入手できる最良の情報による仮定に基づき時価を算定することになっているのです。
そのため、「時価を把握することが極めて困難」とされていた金融商品も時価で貸借対照表に計上する必要が生じます。具体的には「金融商品に関する会計基準」19項及び88項の定めに該当している金融商品がこれにあたります。
ただし、市場価格のない株式については、現行の実務に極力影響を与えないために従来通り取得原価で計上することとなっています。
▼ 19項
時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券の貸借対照表価額は、それぞれ次の方法による。
(1) 社債その他の債券の貸借対照表価額は、債権の貸借対照表価額に準ずる。
(2) 社債その他の債券以外の有価証券は、取得原価をもって貸借対照表価額とする。
▼ 89項
デリバティブ取引の対象となる金融商品に市場価格がないこと等により時価を把握することが極めて困難と認められる場合には、取得価額をもって貸借対照表価額とすることができる。
5.時価算定の評価技法
今までの会計基準では特に定められていなかった時価の算定技法について、時価算定基準では代表的なものとしてマーケット・アプローチとインカム・アプローチを挙げています。しかし、それだけに限定しているわけではなく、コスト・アプローチ等の技法を選択することも可能です。これらは企業価値評価に用いられる代表的な評価技法なので聞いたことがあるという方も多いかもしれません。
単一の評価技法である必要はなく、場合によっては複数の技法を用いて時価を最もよく表す方法により時価を決定することが求められます。評価技法は毎期継続して適用することが原則となり、例えば複数技法を用いた際、そのウェイト付けを変更した場合は「会計上の見積り」に該当します。
各評価技法の詳細は割愛しますが、簡単に説明すると以下のようなアプローチになります。
【マーケット・アプローチ】
同一または類似の資産・負債に関する市場で成立する価格を参考に評価する技法であり、客観性が高い。
【インカム・アプローチ】
将来得られる収益力をベースに評価する技法であり、対象資産の固有の価値を評価に反映することができる。
【コスト・アプローチ】
その資産を再調達する場合に必要となる金額に基づいて評価する技法であり、ネットアセット・アプローチなどと呼ばれる。株式の評価を前提とした場合、純資産に注目した技法である。
6.レベル別の開示
従来は主に金融商品の注記で対象資産及び負債の簿価と時価の注記をおこなっていたと思いますが、今後は時価を3つのレベルに区分した上で注記することが求められます。
レベル1~3の区分は時価を算定する際にどのようなインプットを用いたかに基づきます。ここでいうインプットとは算定に用いる仮定のことを指します。その仮定=インプットが観察可能であるかどうかで3つのレベルに分けられ、どのレベルのインプットを用いて算定されたかによって時価のレベルが決定します。
インプットのレベル別の定義は以下です。
インプットのレベル | 定義 |
---|---|
レベル1 | 時価の算定日において企業が入手できる、活発な市場における同一の資産又は負債に関する相場価格であり調整されていないもの |
レベル2 | 資産又は負債について直接又は間接的に観察可能なインプットのうち、レベル1のインプット以外のインプット |
レベル3 | 資産または負債について観察できないインプット |
まずレベル1の定義には以下の要件が内包されています。
- ①活発な市場、つまり継続的に価格情報が提供される程度に十分な数量及び頻度で取引されている市場での相場価格でなければならない
- ②同一の資産・負債だけが認められ、類似の資産・負債の相場価格を用いる際はレベル2となる
- ③純粋な相場価格のみがレベル1のインプットとなり、調整された価格は原則としてレベル1に分類されない
具体的には、活発な証券取引所における株価や、活発な相対市場における相場価格などがあります。
レベル2のインプットは市場で観察可能であるもののうち、レベル1以外のものとなっています。市場で観察可能であればそれが活発な市場でなくても構いません。また、間接的なインプットでも良いので、類似資産・負債の価格を用いることもできます。
具体的には、全期間にわたり観察可能なスワップ・レートや、類似の建物が流通する観察可能な市場データから算出される建物1平米あたりの価格等が挙げられます。
レベル3は市場において観察できないインプットであると定義されています。例えばキャッシュ・フローのようなその企業固有の財務数値などはレベル3になります。また、観察可能な市場データによる裏付けがない金利スワップなども該当します。
ただしレベル3のインプットは客観性が低いため、レベル1及び2のインプットが入手できない場合にのみ用いることが認められています。また、レベル3のインプットを用いた場合は財務諸表利用者への検証可能性を担保するため、評価技法や期首から期末までの調整表等の追加的情報の開示が求められます。
7.おわりに
時価の算定プロセスが複雑な金融商品等もあり、時価算定基準の適用により社内のオペレーションを整備することが必要となった企業も多いかと思います。特に観察可能性の低いインプットを用いる資産を多額に保有している場合は、評価損益が与える影響も大きいため、時価算定とその検証を行う部署を分けるなど職務分掌を明確にすることにも留意しなければなりません。
また、注記以外では影響がないという会社でも適用初年度は開示の実務負担が大きくなると思います。基準や適用指針を参照しながらの作業は時間と労力が要求されますが、当コラムがその参考となれば幸いです。