1.はじめに
2021年12月10日に岸田政権下で初となる税制改正大綱が公表されました。新しい資本主義の実現を目指し、「成長と分配の好循環の実現」「経済社会の構造変化を踏まえた税制の見直し」等を柱として掲げています。
法人税に関する主要なポイントとして「積極的な賃上げを促すための税制措置の強化」や、「スタートアップ企業と既存企業の協働によるオープンイノベーションを活性化するための措置」などが挙げられます。さらに所得税に関してはカーボンニュートラルの実現に向け、住宅ローン控除の見直しが大きな目玉となっています。
今回は、利用が多く見込まれる「賃上げ促進税制」についてみていきたいと思います。
2.賃上げ税制とは
「賃上げ促進税制」は対前年比で増加させた給与額に一定割合を乗じた金額を、税額から控除できるという制度です。具体的には、増加させた給与総額の内、大企業では最大30%、中小企業では最大40%の金額が控除対象となります。
賃上げ促進税制は今回の税制改正大綱で新設された税制ではなく、平成25年度の税制改正で前身となる制度が創設されています。日本の賃金水準の低さは周知のものとなっていますが、それは日本企業が人的資源を含めた投資に消極的であることが大きな要因です。その状況改善に向けて平成25年度税制改正で、所得拡大促進税制が創設されました。その後改正が続き、令和4年度も制度の増強が行われた形です。
この後、大企業・中小企業の順に、適用条件と控除等の詳細についてみていきます。
3.大企業にかかる賃上げ促進税制
賃上げ促進税制は、制度適用を受ける為に必須となる要件充足による控除と、追加要件の充足によって加算される控除の二段階になっています。
まずは基本的な適用要件と税額控除について改正前と比較してみます。改正前では給与増加額の算定対象が“新規雇用者”となっていましたが、改正後は“継続雇用者”となり、増加率の要件は2%から3%に引き上げられています。(表1)
継続雇用者とは「当期及び前期の全期間の各月分の給与等の支給がある雇用者で一定のもの」とされています。
改正前 | 改正後 | |
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適用要件 | 新規雇用者給与等支給額が前年度より2%以上増加 | 継続雇用者給与等支給額が前年度より3%以上増加 |
税額控除 | 控除対象新規雇用者等支給額×15% | 控除対象雇用者等支給額×15% |
また、資本金等の額が 10 億円以上、かつ、常時使用する従業員の数が1,000 人以上の場合には、「給与等の支給額の引上げの方針」や「取引先との適切な関係の構築の方針その他の事項」を、インターネットを利用する方法により公表したことを経済産業大臣に届け出る必要があります。
続いて、加算分です。
改正前は、教育訓練費20%以上増加という1要件のみ設けられており、それを充足すると5%の追加控除を受けることができました。
改正後は、上記要件に加え、継続雇用者給与等支給額が前年度より4%以上増加した場合、10%の追加控除を受けることができるという要件が追加されました。(表2)
改正前 | 改正後 | |
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適用要件 | 前年度より教育訓練費が20%以上増加の場合 | ①継続雇用給与等支給額が前年度より4%以上増加の場合 ②教育訓練費が前年度より20%以上増加の場合 |
税額控除 | 税額控除割合を5%加算 | ①を満たす場合、税額控除割合を10%加算 ②を満たす場合、税額控除割合を5%加算 |
必須要件による控除率+加算要件による控除率の合算値となる最大控除率は、改正前は15%+5%の最大20%であったのに対し、改正後は15%+10%+5%で最大30%の控除を受けることができる形に拡大されています。(表3)
改正前 | 改正後 | |
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必須要件 | 15% | 15% |
加算要件 | 5% | ①10% ②5% |
合計 | 20% | 30% |
ただし、控除限度額は適用年度の法人税額の20%までとなっている点はこれまでと同様です。
また、教育訓練費に係る税額控除率の上乗せ措置の適用を受ける場合には、教育訓練費の明細を記載した書類の保存(現行:確定申告書等への添付)をしなければなりません。
適用時期は、令和4年4月1日から令和6年3月31日までの間に開始する事業年度となっています。
また今回の改正にともない、外形標準課税の付加価値割の課税標準から控除できる金額も以下のように変更になります。ただし実際の控除額は雇用安定控除額の調整が必要です。(表4)
改正前 | 改正後 | |
---|---|---|
適用要件 | 新規雇用者給付等支給額が前年度より2%以上増加 | 継続雇用者給与等支給額が前年度より3%以上増加 |
控除額 | 控除対象新規雇用者等支給額 | 控除対象雇用者等支給額 |
4.中小企業にかかる賃上げ促進税制
次に中小企業向けの賃上げ促進税制についてみていきたいと思います。必須要件・加算要件について下記、表5、表6のようになっています。
改正前 | 改正後 | |
---|---|---|
適用要件 | 雇用者給与等支給額が前年度より1.5%以上増加 | 改正前と同様 |
税額控除 | 控除対象新規雇用者等支給額の対前年度増加額×15% | 改正前と同様 |
改正前 | 改正後 | |
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適用要件 |
雇用者給与等支給額が前年度より2.5%以上増加かつ以下のいずれかを満たすこと a. 教育訓練費の対前年度増加率が10%以上 b. 中小企業等経営強化法の経営力向上計画の認定を受け、経営力の向上が確実に行われたことにつき一定の証明がされたこと |
①継続雇用者給与等支給額が前年度より3%以上増加 ②教育訓練費の対応前年度増加率が10%以上 ※①②はそれぞれ独立しており、双方充足することで重複可能。 |
控除額 | 税額控除割合を10%加算 | ①控除税額割合を15%加算 ②控除税額割合を10%加算 |
必須要件については、要件・控除額ともに改正前後で変更はありません。一方、加算部分は、拡充され且つ柔軟性が持たされています。改正前は給与等支給額2.5%の要件に加えて教育訓練費又は中小企業等経営強化法の要件のいずれかを併せて充足して10%の加算でした。
一方、改正後は、給与等支給額の要件と教育訓練費の要件が独立する形となっており、双方充足すれば合計25%の控除率加算を受けられる形となりました。
最大控除率については、改正前が15%+10%で25%であったところ、改正後は15%+15%+10%で最大40%の控除が受けられます。ただし、控除限度額は適用年度の法人税額の20%までとなっている点は、大企業と同様です。
改正前 | 改正後 | |
---|---|---|
必須要件 | 15% | 15% |
加算要件 | 10% | ①15% ②10% |
合計 | 25% | 40% |
また、教育訓練費に係る税額控除率の上乗せ措置の適用を受ける場合には、教育訓練費の明細を記載した書類の保存(現行:確定申告書等への添付する点)や、適用時期が令和4年4月1日から令和6年3月31日までの間に開始する事業年度とされている点は大企業の場合と同様です。
5.特定税額控除不適用規定の見直し
ここまで優遇措置をみてきましたが、逆に収益をあげているにもかかわらず賃上げに消極的な企業に対しては賃上げ税制以外の税制優遇について不適用とする、賃上げを行わないことに対する“罰則”的な規定が強化されることとなりました。
この特定税額控除不適用規定は大企業を対象としており、一定の要件に該当しない場合は特定税額控除を受けられないという規定です。
特定税額控除とは以下の税制のことをいいます。
- 研究開発税制
- 地域未来投資促進税制
- 5G投資促進税制
- カーボンニュートラルに向けた投資促進税制
- デジタルトランスフォーメーション投資促進税制
また一定の要件について下記の通りとなっています。
- 当期所得≦前期所得
- 継続雇用者給与等支給額>継続雇用者比較給与等支給額
- 当期国内設備投資>減価償却費の30%
上記要件については基本的に改正前の据え置きですが、企業規模によって要件が厳しくされることとなりました。
具体的にはⅡの要件について、資本金等の額が10億円以上、かつ常時使用する従業員の数が1,000人以上であり、前事業年度所得が0円超の企業に対し、下記の要件充足が求められます。
- 継続雇用者給与等支給額の対前年比増加率≧0.5%
- 継続雇用者給与等支給額の対前年比増加率≧1%
6.おわりに
令和4年度税制改正大綱の法人課税関係で利用する会社が多いとされる「賃上げ促進税制」についてみてきました。
本来、企業が自発的に人的資源投資に積極的になれるような成長があれば理想的ですが、コロナショックの影響の大きい昨今の経済情勢ではそれは難しい状況です。
そもそも法人税の支払が生じていない赤字企業にとっては適用できない税額控除であり、コロナ禍の先行きが不透明な中では賃上げに踏み切るのが難しい企業も多いかと思います。今回の税制改正大綱とは別になりますが、賃金の向上を目的とした補助金制度等もありますのでそちらを検討するのも一つの方法かもしれません。