1.はじめに
財務諸表作成の上で、会計上の見積りは全体に重要な影響をもたらす項目でありながら、経営者の主観が入り込む余地のある不確実性が高い項目です。そのため、2021年3月期より「会計上の見積りの開示に関する会計基準」が適用され、有価証券報告書上の「連結財務諸表注記」又は「財務諸表注記」において注記の拡充が求められるようになりました。また、「事業等のリスク」や「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(以下、MD&A)」、「監査上の主要な検討事項(以下、KAM)」においても必要に応じて会計上で行った見積りについて開示する必要があり、その結果、有価証券報告書の複数の箇所で会計上の見積りに関して記載されることとなりました。
そこで、今回から2回にわたって会計上の見積りの開示について、有価証券報告書の各記載箇所にどのような背景で記載が求められることになったのかを理解し、どの程度の開示が実際に行われているのかを、他社事例もふまえてみていきたいと思います。
2.経理の状況における会計上の見積りに関する注記の根拠規定とその背景
会計上の見積りに関する注記については、財務諸表等規則第8条の2の2において次のように定められています。
当事業年度の財務諸表の作成に当たつて行つた会計上の見積り(この規則の規定により注記すべき事項の記載に当たつて行つた会計上の見積りを含む。)のうち、当該会計上の見積りが当事業年度の翌事業年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがあるもの(以下この条において「重要な会計上の見積り」という。)を識別した場合には、次に掲げる事項であつて、投資者その他の財務諸表の利用者の理解に資するものを注記しなければならない。
一 重要な会計上の見積りを示す項目
二 前号に掲げる項目のそれぞれに係る当事業年度の財務諸表に計上した金額
三 前号に掲げる金額の算出方法、重要な会計上の見積りに用いた主要な仮定、重要な会計上の見積りが当事業年度の翌事業年度の財務諸表に与える影響その他の重要な会計上の見積りの内容に関する情報
この開示が求められるのは会計上の見積りの内、不確実性の高いものです。同じように繰延税金資産や減損損失を計上していたとしても、その計算根拠となる元資料の不確実性の程度はその企業によって様々です。そのため、財務諸表に実際に計上されている金額だけでは翌年度の財務諸表にどのような影響があるのか理解することは困難であるとして、どのように見積りを行って計上金額を算出したのかを開示することが求められます。ただし、中長期的な予測はさらに不確実性の高いものであり、かえって財務諸表利用者の判断を誤らせる可能性があるとして、この項目においては翌事業年度に及ぼす影響に資する情報のみ開示することが求められています。
3.MD&Aや事業等のリスクの開示の根拠規定とその背景
MD&Aにおける会計上の見積りの開示については「企業内容等の開示に関する内閣府令」に以下のように記載されています。
(32)⒢ 連結財務諸表の作成に当たって用いた会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定のうち、重要なものについて、当該見積り及び当該仮定の不確実性の内容やその変動により経営成績等に生じる影響など、「第5 経理の状況」に記載した会計方針を補足する情報を記載すること。ただし、記載すべき事項の全部又は一部を「第5 経理の状況」の注記において記載した場合には、その旨を記載することによって、当該注記において記載した事項の記載を省略することができる。
また、事業等のリスクについては以下のように記載されています。
a 届出書に記載した事業の状況、経理の状況等に関する事項のうち、経営者が連結会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フロー(以下a及び(32)において「経営成績等」という。)の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスク(連結会社の経営成績等の状況の異常な変動、特定の取引先・製品・技術等への依存、特有の法的規制・取引慣行・経営方針、重要な訴訟事件等の発生、役員・大株主・関係会社等に関する重要事項等、投資者の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項をいう。以下aにおいて同じ。)について、当該リスクが顕在化する可能性の程度や時期、当該リスクが顕在化した場合に連結会社の経営成績等の状況に与える影響の内容、当該リスクへの対応策を記載するなど、具体的に記載すること。記載に当たっては、リスクの重要性や経営方針・経営戦略等との関連性の程度を考慮して、分かりやすく記載すること。
従来のMD&Aや事業等のリスクにおける開示では、形式的な記載ばかりでその企業が抱える固有の財政状態や経営成績、リスクがみえてこないという問題がありました。そこで有価証券報告書上の他の項目との関連を考慮した上で、より具体的で分かりやすい記載をするよう改正が行われました。
4.KAMの根拠規定とその背景
KAMとは”Key Audit Matters”の略語で、日本での正式名称は「監査上の主要な検討事項」とされています。前述の会計上の見積りに関する注記やMD&Aの記載主体が企業側であるのに対して、KAMの記載主体は監査人である点が大きく異なります。その根拠となる規定は「監査基準 第四報告基準 七 監査上の主要な検討事項において」に以下のように記載されています。
1.監査人は、監査の過程で監査役等と協議した事項の中から特に注意を払った事項を決定した上で、その中からさらに、当年度の財務諸表の監査において、職業的専門家として特に重要であると判断した事項を監査上の主要な検討事項として決定しなければならない。
2.監査人は、監査上の主要な検討事項として決定した事項について、関連する財務諸表における開示がある場合には当該開示への参照を付した上で、監査上の主要な検討事項の内容、監査人が監査上の主要な検討事項であると決定した理由及び監査における監査人の対応を監査報告書に記載しなければならない。ただし、意見を表明しない場合には記載しないものとする。
KAMは経営者の主観が入っている領域に関する補足情報となり、財務諸表利用者の理解の助けになることが目的の一つです。しかし、記載主体は監査人であり、監査の透明性を高め、監査報告書の価値を向上させるといったことも大きな目的となっています。
5.おわりに
このように会計上の見積りに関しては、その重要性に応じて有価証券報告書の複数の項目で開示が求められる場合があります。各項目における開示趣旨は若干異なるため、連結財務諸表注記や財務諸表注記に記載される勘定科目と、KAMに記載される勘定科目が異なることもありますが、基本的にどちらにも財務諸表に重要な影響を与えるものが抽出されます。例えば、繰延税金資産の計上金額が大きく、翌年度以降への影響が重要であると判断した企業であれば全ての項目で開示される可能性は高くなります。
次回は実際の開示例をみながら、各項目の関連性などを踏まえてどういった情報開示が財務諸表利用者にとって有益であるのかを考えてみたいと思います。