1.はじめに
昨今、副業を認める企業も増加し、会社員として得る給与以外に副業で収入を得る方が増えています。副業による収入が年間20万円以下であれば所得税の申告義務はなく(住民税は20万円以下でも申告しなければなりません)、今まで通り会社が行う確定申告のみで支障ありません。しかし、収入が20万円超になる場合、自分で確定申告をする必要があります。
確定申告は、初めて行う方にとってはハードルが高く、過去に経験がある方でも税法が改正されていることもあるため苦労することも多いでしょう。
また2022年8月には、国税庁から給与所得を得ている会社員等の副業収入の取扱いに関するパブリックコメントが出されました。反響が大きく、結果的にパブリックコメントの内容は修正がなされましたが、副業収入のあり方について注目度の高さがうかがえました。
そこで今回は、パブリックコメントの内容も含めて、副業収入の確定申告について解説したいと思います。
2.所得税額の算出方法
確定申告は所得税の納税額を申告する制度であるため、まず所得税額の算定方法を簡単に解説します。
所得税額は以下の3つのステップを踏んで計算します。
(i) 各収入区分の所得金額の計算
(ii) 所得控除の計算
(iii) 所得税額の計算
(i)では所得の性質ごとに以下の10種類に区分し、所得金額を算定します。
1 利子所得
2 配当所得
3 不動産所得
4 事業所得
5 給与所得
6 退職所得
7 山林所得
8 譲渡所得
9 一時所得
10 雑所得
どの所得も基本的には「収入―必要経費=所得金額」で算定しますが、それぞれの所得で認められる経費の範囲など詳細な計算式は異なります。その為、上記の複数区分の所得がある場合には区分ごとに計算した後、各金額を合算します。
(ⅱ)では、合算した金額から基礎控除や医療費控除、社会保険料控除等、所得控除金額を差し引きます。ここで算定されるのが、「課税所得金額」と呼ばれます。
最後に(ⅲ)の段階で、(ⅱ)で算定した課税所得金額に税率を乗じて所得税額を算定します。日本では累進課税方式をとっているので、税率は課税所得金額に応じて異なります。
3.事業所得と雑所得の違い
副業によって20万円超の収入を得ている場合、多くの方が前項に列記した所得の内、「10 雑所得」として申告されるかと思います。しかし場合によっては「4 事業所得」に区分される可能性もあります。そこで、ここから事業所得と雑所得の違いについてみていきたいと思います。
雑所得と事業所得は、国税庁のホームページでそれぞれ以下のように定義されています。
【雑所得】
「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得および一時所得のいずれにも当たらない所得をいい、例えば、公的年金等、非営業用貸金の利子、副業に係る所得(原稿料やシェアリングエコノミーに係る所得など)が該当します」
【事業所得】
「事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業を営んでいる人のその事業から生ずる所得をいいます。ただし、 不動産の貸付けや山林の譲渡による所得は事業所得ではなく、原則として不動産所得や山林所得になります」
上記のように定義はされていますが、実際の判断にあたって参考となるような明確な判断基準は示されていません。過去の判例から、以下の要素が判断基準となり、それらを総合的に勘案して判断するとされていますが、客観的な基準は無いのが実情といえます。
② 継続性・反復性の有無
③ 自己の計算と危険における企画遂行性の有無
④ 費やした精神的あるいは肉体的労力の程度
⑤ 人的・物的設備の有無
⑥ 資金の調達方法
⑦ その者の職業、経歴及び社会的地位
⑧ 生活状況
⑨ 業務から相当程度の期間継続して安定した収益が得られる可能性が存するか
(出典:国税庁ホームページ)
4.損益通算のしくみ
所得税を計算する上で、事業所得と雑所得のどちらに区分するかで所得税額が異なるケースがあります。そのポイントとなるのが「損益通算」です。
「損益通算」を行うのは所得税額の計算ステップのうち、(ⅰ)の最後に各所得金額を合算する段階です。各所得を合算する際、事業所得で赤字がでていた場合、給与所得の金額と合算することができます。つまり、給与所得で生じた所得を事業所得の損失でマイナスし、課税所得を減額させることができるのです。しかし、雑所得で赤字が出ていてもそのマイナス分は切り捨てられ、給与所得を減額させることはできません。
5.副業収入にかかる改正案(パブリックコメント)
昨今の副業ブームで、経費を多く計上して意図的に副業を赤字にし、事業所得として申告することで納税額を減らすという事例が散見されるようになりました。これの防止に向けたパブリックコメントが2022年8月に国税庁より公表され、それを受けて同10月に所得税基本通達の一部改正(案)の修正が公表されました。
パブリックコメントの内容は「事業所得と業務に係る雑所得の判定について、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定すること、その所得がその者の主たる所得でなく、かつ、その所得に係る収入金額が 300 万円を超えない場合には、特に反証がない限り、業務に係る雑所得と取り扱うこととする」というものです。つまり、給与収入がある方は副業による収入が300万円以下であった場合、反証がなければ事業所得ではなく雑所得とする、という内容です。
雑所得での申告では損益通算は認められず、青色申告もできません。そうなると、副業を赤字にしても節税効果は生じませんし、青色申告特別控除や少額減価償却資産の特例も適用できません。これらによって、赤字副業を行うインセンティブを削ぐことが目的であったと見られています。
2022年8月に意見を受け付けたこのパブリックコメントは、通常の70倍に当たる7,000件超の意見が寄せられたとのことです。結果として、取引に係る帳簿書類の保存や反覆継続して遂行する意思等を条件として、収入金額300万円以下という一律基準は撤回されることとなりました。
6.考察
今回のパブリックコメントでは、300万円基準にばかり注目が集まっています。しかし、300万円基準よりも重要なのは、国税庁が「赤字副業による節税」にメスを入れる姿勢を見せたことです。
コロナ禍による収入減少や閉塞感からくる不安などを背景に、ここ2,3年で副業への注目度は高まり続けています。有名企業が副業を認める方針を公表したり副業人材の活用事例がクローズアップされたりと、社会的にも副業に対する容認ムードが高まる中、税の世界では無申告や赤字副業の問題が指摘され続けています。
今回の改正案がもし通っていれば、令和4年度分の申告、即ち令和4年(2022年)に得る副業収入に対して300万円基準が適用されることとなっていました。この速度感からも、国税庁がサラリーマン副業にまつわる問題をある程度重く見ていることが垣間見えます。
7.おわりに
確定申告に関して、一つの判断がなされるのは税務調査です。一般的に税務調査の頻度は4年~5年とされている為、コロナ禍をきっかけに副業を始めた個人に対する税務調査が始まるのはこれからでしょう。
ここ数年で副業人口が大幅に増加していますので、どの程度の頻度で税務調査が行われるかは予測が難しい所ですが、いつ税務調査に関する連絡が来てもおかしくありません。
もし税務調査で無申告が発覚すれば納めるべき税額に加えて15%~20%の無申告加算税が、過少申告があれば10%~15%の過少申告加算税が課されます。また、万が一、無申告や過少申告について仮装隠蔽等が発覚した場合には35%~40%の重加算税が課される場合もあります。
冒頭でも触れたように、確定申告に慣れている会社員は多数派とは言えないでしょう。また、細かな法制度は社会の動きに対して、後から追い付いてくるというのが一般的な流れとも言えます。
来年以降、国税庁がまた別のアプローチで副業に関わる税の問題に着手することも考えられます。今後副業を継続したり新たに始めたりする場合には、国税庁が発表する内容は勿論、前提となる日本の税法について個々人の責任で知識を得ることが必須と言えるでしょう。