企業開示のこれから① ~統合報告のフレームワーク~

1.はじめに

 ESG投資は、SDGsでスコープとなっている課題に近似していることからSDGsの概念の浸透と同時に注目されつつあります。経済産業省ではESG投資を「従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資」と定義しています。具体的には、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)という3つの観点から世界の解決すべき課題に取り組んでいる企業に積極的に投資するというもので、今後、経営にはESGの観点を含む「統合思考」が求められるといわれています。企業開示も従来の財務情報のみならず、一般に非財務情報と呼ばれる情報の重要性が増していくものと見られます。現在、日本で開示義務がある非財務情報はごく一部ですが、ゆくゆくはより広い範囲の情報開示が義務化されることもあるでしょう。

 そこで今回から2回にわたって、企業情報開示の今後について解説していきたいと思います。

2.ESG投資の歴史と持続可能性

 今後の企業開示についてみていくにあたり、ここから2点確認します。まずはESG投資がいつから広まったのかについてです。

 1990年代から徐々に環境課題への意識が広まっていましたが、2006年に国連が「責任投資原則」(PRI: Principles for Responsible Investment)を提唱したことで、同時に提唱されたESGの考え方が機関投資家の間に広まりました。PRIについて簡潔に説明すると、機関投資家に対し、企業の行った環境破壊等の連帯責任を負うべきであるとするものです。これにより機関投資家の投資基準に環境等への取り組みの評価が含まれるようになり、現在のESG投資に繋がることとなっています。

 日本では2015年に「年金積立金管理運用独立行政法人」(以下、GPIF)がESG投資を進め、ESGの課題について適切な開示を求めることを宣言しました。GPIFの運用資産は200兆円近くにのぼり、世界最大級の規模を誇ることから注目を集めました。

 SDGsが国連で採択されたのも2015年であり、その頃から大きなうねりがはじまったといえるでしょう。

 続いて、持続可能性について確認します。これは、人類の技術的・経済的な発展を「持続可能」にすることを目指す考え方です。これまでの環境負荷の大きい発展から、環境負荷を抑えた発展に切り替えることによって、人類の発展を持続可能にすることは、現在ESGやSDGsを考える上で土台となる考え方です。

3.ESG経営につながる統合思考

 ESG投資の世界で評価の高い企業、つまりESG経営を行っている企業とは、一言で言えば「持続可能性のある経営」をしている企業です。

 短期的利益を追求した環境汚染を伴う開発などをせず、長期的な視点に立った開発を行っているかどうかなどが重視されます。そうした取り組みは、財務情報開示から読み取ることができない為、非財務情報の開示の重要性が向上しています。

 このように、従来重視されていた財務情報だけではなく、当該財務情報の源泉となる企業の姿勢や取り組みを考慮して、企業経営を行ったりその経営を評価したりするために必要なのが「統合思考」です。

 統合思考では資本について、財務資本だけでなく、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本など、極めて広い範囲のものを企業がインプットする資本とみなします。その上で、今後生じ得るリスクや、将来の資本の利用可能性に影響を与える事象が顕在化した場合を想定し、価値創造の方向性とあわせて意思決定します。

 そうした意思決定の過程や懸念事項、企業としての取り組み姿勢を現状の財務情報・非財務情報と共に開示するのが統合報告書です。

 日本の企業でも任意で統合報告書を開示している企業が増加しています。2021年には718社が開示を行い、過去最大となりました。2021年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、サステナビリティについての基本的な方針や取り組みの開示が求められるようになった影響だといわれています。

 開示企業数自体は増加していますが、日本企業の統合報告書は世界的な評価が高いとはいえません。それは財務情報と非財務情報をただ並べただけで“統合”された情報ではないからだといわれています。もっといえば、統合思考による経営がなされていないからだとも考えられます。

 ここからは統合報告書には何を記載することが求められているのかについて解説していきたいと思います。

4.統合報告のフレームワーク

 統合報告書の開示について定めた開示基準は複数ありますが、当コラムではその中でもIIRC(国際統合報告評議会)が公表した国際統合報告フレームワークをみていきたいと思います。

「国際統合報告フレームワーク」では、統合報告書の作成基礎として以下の原則を掲げています。

①戦略的焦点と将来志向:統合報告書は、組織の戦略、及びその戦略がどのように組織の短、中、長期の価値創造能力や資本の利用及び資本への影響に関連するかについての洞察を提供する。

②情報の結合性:統合報告書は、組織の長期にわたる価値創造能力に影響を与える要因の組合せ、相互関連性、及び相互関係の全体像を示す。

③ステークホルダーとの関係性:統合報告書は、組織と主要なステークホルダーとの関係性について、その性格及び質に関する洞察を提供すると同時に、組織がステークホルダーの正当なニーズと関心及び期待をどのように、どの程度理解し、考慮し、それに対応しているかについての洞察を提供する。

④重要性:統合報告書は、組織の短、中、長期の価値創造能力に実質的な影響を与える事象に関する情報を開示する。

⑤簡潔性:統合報告書は、簡潔なものとする。

⑥信頼性と完全性:統合報告書は、重要性のある全ての事象を、正と負の両面につきバランスのとれた方法によって、かつ重要な誤りがない形で含む。

⑦首尾一貫性と比較可能性:統合報告書の情報は:(a) 期間を超えて首尾一貫し、(b) 組織の長期にわたる価値創造能力にとって重要性のある範囲において、他の組織との比較を可能にする方法によって、表示する。

(引用:国際統合報告 フレームワーク

 内容をもう少し詳しくみていきましょう。

 まず、①の将来志向についてです。将来情報はどうしても不確実性が伴いますが、IIRCでは不確実性は情報開示を省略する理由とはならないとしています。そのため、不確実であると考えられる事実や理由、そしてその情報の不確実性をできるだけ具体的に記載することが求められます。日本の現行制度における、退職給付会計の注記などでボラティリティについての開示を見ていただけると、具体的にイメージしやすいかと思います。

 ②の情報の結合性はさらにイメージしにくいですが、統合思考や統合報告において非常に重要な部分です。例えば、新たなリスクやチャンスが認識された場合に組織の戦略がどのように変化するのか等、外部環境の変化(技術発達のスピードの変化や地球資源の制約等)と組織の戦略の関わりや修正についての情報が該当します。定性的情報と定量的情報が効果的に結び付けられていることが求められ、統合報告書で外部に公表される指標と組織のカバナンス責任者が用いる指標は一貫していることがあるべき形態とされています。

 ③でいうステークホルダーとは従業員、顧客、サプライヤー、事業パートナー、地域社会、立法者、規制当局、及び政策立案者を含む、組織の長期にわたる価値創造能力に関心を持つ全ての者を指します。統合報告書は全てのステークホルダーの情報ニーズを満たす必要はないとしつつ、主要なステークホルダーの正当なニーズや関心を把握し、それに対する説明責任があるとの考え方に基づいています。

 ここまで確認したフレームワークに基づいて関連する全ての事項を記載する必要は必ずしもありません。統合報告書においてどの情報を開示するかは、④の重要性の考え方に基づいて企業ごとに決定する必要があります。その決定プロセスは関連性のある事象の特定→重要度の評価→重要度を有する事象の優先付け→開示する情報の決定とされています。③でステークホルダーは組織の長期にわたる価値創造能力に関心を持つ全てのものと定義されてはいますが、決定にあたり「財務資本の提供者との定期的なエンゲージメントが手助けとなる」と記載されており、投融資家が重視されていることがうかがえます。

5.おわりに

 今回は統合報告書が求められるようになった背景を振り返り、作成にあたって利用されるフレームワークをご紹介しました。フレームワークは概念的な話になるため、抽象的でわかりにくいと感じられるかもしれません。しかし、今後開示が必要になる情報がまとまっていると見ることもできるため、大枠だけでも把握して頂ければと思います。

 次回はフレームワークの残りの部分をみていくと同時に、実際の開示例をみながら今後の企業開示を作成する上でのポイントをご紹介したいと思います。

著者近影
執筆者
RSM汐留パートナーズ税理士法人
パートナー 税理士
長谷川 祐哉

埼玉大学経済学部卒業。2015年税理士登録。
上場企業やIPO準備会社に対して、連結納税支援、原価計算・管理会計導入支援、会計ソフト導入支援などの高度なコンサルティングサービスを提供している。国税三法と呼ばれる所得税、法人税、相続税の3つの税務に精通。

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