インボイス制度の注意点

1.はじめに

 インボイス制度の開始にあたり、適格請求書発行事業者として登録すべきか検討中という方も多いかと思います。今回のコラムではどういった場合にはインボイス制度の影響がないのか、また元から課税業者であった場合にはどんな影響があるのか、といった観点からインボイス制度の解説をしていきたいと思います。自社が課税業者の場合、インボイス制度を理由とした不用意な値下げ交渉などは独占禁止法や下請法等の違反になる可能性がありますので、制度開始前に理解を深めて頂ければと思います。

2.免税事業者であり続けても影響がない場合

 まず、自分が免税事業者である場合、そのまま免税事業者であり続ければ、消費税を受け取ったとしても納税する必要が無く、納税額が少なくて済みます。しかし、免税事業者であり続けた結果、取引先に影響が出てしまうと、取引を再考される恐れが生じます。そこで、取引先がどのような場合には影響が出ないのか確認しておきたいと思います。

ケース①自社の取引先(売上先)が消費者である場合

 自社の売り先が消費者である場合、消費者は仕入税額控除を必要としないため、適格請求書を必要としません。そのため、免税事業者のままインボイス制度開始を迎えても、消費者には影響はありません。

ケース②自社の取引先(売上先)が免税事業者である場合

 自社の売り先が免税事業者である場合は、ケース①と同様の理由で影響はありません。

ケース③自社の取引先(売上先)が簡易課税制度を選択している場合

 自社の売り先が課税事業者であっても簡易課税制度を選択している場合は、みなし仕入率で消費税納税額を算出するためインボイスを必要としません。

 上記のようなケースであれば、免税事業者から適格請求書発行業者(課税業者)に変更するメリットはないといえます。

3.免税事業者から仕入を行う側の留意点

 では、前項とは逆に、免税事業者から仕入を行っている側の影響はどうでしょうか。インボイス制度が導入されれば、適格請求書を発行できない免税事業者からの仕入は仕入税額控除を適用することができないため、消費税の納税額が増額してしまいます。

 その影響を考慮して経過措置が設けられています。具体的には、免税事業者からの仕入れについても、制度実施後3年間は消費税相当額の8割、その後の3年間は5割の仕入税額控除を可能とする措置です。現在の所、免税事業者からの仕入税額控除が全くできなくなるのは、2029年10月1日以降の見込みです。

4.独占禁止法・下請法上の留意点

 上記のように経過措置が取られているとはいえ、課税事業者にとって経済的負担増があることは事実です。その為、取引先が免税事業者であることを理由に取引条件を見直す必要が生じることもあるかと思います。そのこと自体が直ちに問題になるわけではありません。ただし、免税事業者は小規模事業者であるケースがほとんどであり、取引条件の交渉において弱い立場にあることも少なくありません。

 自己の取引上の地位が相手方に優越している一方の当事者が、取引の相手方に対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることは、「優越的地位の濫用」として、独占禁止法や下請法上の問題となるおそれがあります。

 まず大前提として、独占禁止法・下請法に抵触する条件としては、「(値下げ交渉を行う)行為者の地位が相手方に優越していること、また、免税事業者が今後の取引に与える影響等を懸念して、行為者による要請等を受け入れざるを得ないこと」というものがあります。このような条件下にある場合は、下記の点に留意して取引条件の見直しを行わなければなりません。

1) 取引対価の引下げ

 仕入税額控除できないことを理由に優越した立場にある事業者(買手)が取引価格の引下げを要請したとしても、再交渉し双方納得の上で取引価格を設定すれば問題になりません。しかし、再交渉が形式的なものに過ぎず、優越した立場にある事業者(買手)の都合のみで著しく低い価格を設定し、免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格を設定した場合には、独占禁止法上問題となります。

2) 商品・役務の成果物の受領拒否等

 優越した立場にある事業者(買手)が仕入先から商品を購入する契約をした後において、仕入先が適格請求書発行業者でないことを理由に商品の受領を拒否した場合は問題となります。

3) 協賛金等の負担の要請等

 優越した立場にある事業者(買手)が免税事業者に対し、取引価格を据置く代わりに、別途、協賛金や販売促進費といった名目で金銭の負担を要請することは、それが算定根拠等が明確でなく、仕入先にあらかじめ計算できない不利益を与えるようなものである場合は問題となります。

4) 購入・利用強制

 優越した立場にある事業者(買手)が免税事業者に対し、取引価格を据置く代わりに、当該取引に係る商品・役務以外の商品・役務の購入を要請することは、仕入先が事業遂行上必要としない商品・役務であり、又はその購入を希望していない場合は問題となります。

5) 取引の停止

 事業者がどの事業者と取引するかは基本的に自由ですが、優越した立場にある事業者(買手)が、インボイス制度の実施を契機として、免税事業者である仕入先に対して、一方的に、免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格など著しく低い取引価格を設定する等して、これに応じない相手方との取引を停止した場合には、独占禁止法上問題となるおそれがあります。

6) 登録事業者となるような慫慂(しょうよう)等

 取引先の免税事業者に対し、課税事業者になるよう要請すること自体は、独占禁止法上問題となるものではありません。しかし、課税事業者にならなければ、取引価格を引き下げるとか、それにも応じなければ取引を打ち切ることにするなどと一方的に通告することは、独占禁止法上又は下請法上、問題となるおそれがあります。

 また、課税事業者となるに際し、例えば、消費税の適正な転嫁分の取引価格への反映の必要性について、価格の交渉の場において明示的に協議することなく、従来どおりに取引価格を据え置く場合についても同様です。

 少しわかりにくいかと思いますので、もう少し具体的に解説すると、優越した立場にある事業者(買手)Aが仕入税額控除を行うために取引先の免税事業者Bに適格請求書発行業者になるよう要求したとし、以下の状況になったとします。

① Bが課税事業者に転換し、適格請求書発行事業者となる
② BはAに対して消費税額の転嫁分の価格交渉を依頼
③ Aは協議をおこなうことなく拒否し、価格据え置き

 上記の場合、Bは課税業者となったにもかかわらず消費税分を請求額に転嫁しないと手取金額が減少します。Aが協議せずに優越した立場を利用して価格を据置かせたのであれば下請法の「買いたたき」に該当する可能性があります。

5.おわりに

 今回はインボイス制度の注意点を解説しました。免税事業者である場合には、自身が免税事業者であり続ける場合も、取引先に影響はないのか理解をしておくことは重要です。またインボイス制度導入前から課税事業者である場合においても、取引先に免税事業者がある場合はその取引条件の交渉の仕方に留意する必要があります。一般的に免税事業者は小規模であり、取引条件を決める際も不利な立場にあることが多いといえますが、それを双方が理解した上で交渉されるのが理想的です。現実的には難しいこともありますが、今回ご紹介した法制度の存在も理解した上で、フェアな取引を心がけていただければと思います。

著者近影
執筆者
RSM汐留パートナーズ税理士法人
パートナー 税理士
長谷川 祐哉

埼玉大学経済学部卒業。2015年税理士登録。
上場企業やIPO準備会社に対して、連結納税支援、原価計算・管理会計導入支援、会計ソフト導入支援などの高度なコンサルティングサービスを提供している。国税三法と呼ばれる所得税、法人税、相続税の3つの税務に精通。

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